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福岡地方裁判所 昭和35年(ワ)311号 判決 1961年8月31日

原告 旭電機株式会社

被告 上対馬町南部漁業協同組合

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和三〇年五月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原告会社は電気機械類の販売及び修理等を業とするものであるが、昭和二九年一二月二二日訴外琴村小鹿漁業協同組合との間に、同組合の水道工事請負契約を締結し、請負代金一〇〇万円は契約と同時に金三〇万円、工事完了時に金三〇万円、残額四〇万円は昭和三〇年一〇月までに支払を受けることを約した。しかるに訴外組合は現金不足のため契約時に支払うべき金三〇万円が支払えず、これを貸金に改め、金三〇万円の借用証を原告に差入れた。原告は昭和三〇年一月頃金六九万二、〇〇〇円相当の水道工事用資材を福岡市から長崎県上県郡琴村大字小鹿に輸送し、同年三月工事に着手した。そして同月二八日双方協議の上、工事完了前に支払うべき請負代金を金五〇万円に増額し、該金員を同年四月三〇日までに原告会社所在地において支払うことを約し、且つこれを貸金に改め、訴外組合から原告に対しその旨の借用証を差入れ、原告は前に受領した金三〇万円の借用証を組合に返還した。しかるに訴外組合の役員中一部の者が原告の水道工事を中止させようと企て、これを妨害したので、原告はついに工事を中止せざるを得ないこととなり、そのまま現在に至つている。訴外組合は昭和三〇年二月二五日その名称を上対馬町小鹿漁業協同組合と変更し、昭和三四年五月一五日右組合と上対馬町芦見漁業協同組合及び上対馬町一重漁業協同組合とが合併して被告組合が設立され、訴外組合の前記貸金債務を承継した。よつて被告に対し右貸金五〇万円及び約定弁済期の翌日である昭和三〇年五月一日以降年五分の割合による法定遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁に対し、被告主張の催告竝びに契約解除の各内容証明郵便が原告に到達したことは認めるが、その余の事実は否認すると述べ、立証として甲第一乃至第七号証を提出し、原告代表者本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告代表者は本件において終始口頭弁論期日に出頭しないので、その陳述したものとみなすべき「管轄違抗弁書」及び「答弁書」の各記載によれば「本案前の抗弁として、被告の普通裁判権は長崎県上県郡上対馬町にあり、他に本件において福岡地方裁判所に特別裁判籍の認めらるべき事由はないので、本件は被告の普通裁判籍所在地を管轄する長崎地方裁判所厳原支部に移送さるべきである。本案に対する答弁として、主文と同旨の判決を求め、原告会社の営業内容は知らない。訴外琴村小鹿漁業協同組合が上対馬町小鹿漁業協同組合と名称変更したこと竝びに原告主張の三組合が合併して被告組合が設立されたことは認めるが、被告組合が右訴外組合の本件債務を承継したことは否認する。仮に原告と訴外組合との間に本件水道工事請負契約がなされたとするも、原告は契約どおり工事に着手せず、その履行を遅滞したので、訴外組合は原告に対し昭和三〇年九月一三日付内容証明郵便をもつて七日内に工事義務の履行方を催告し、右郵便は同月一六日原告に到達したが、原告はこれを履行しなかつたので、訴外組合は同月二六日付内容証明郵便をもつて本件請負契約を解除する旨の意思表示をし、右郵便はその頃原告に到達した。そこで原告の本件請負工事金債権は右契約解除により消滅し、従つてこれを目的とした準消費貸借上の債権も当然消滅したものである。なお被告組合は前記三組合合併に際し、被告組合の掲示場竝びに昭和三三年四月三〇日発行の対馬新聞に、同年五月二四日までに債権申出の公告をしたが、原告は期限内に本件債権の申出をしなかつたので失権した」というので乃あり、立証として乙第一号証、第二号証の一、二、三、第三乃至第七号証を提出した。

理由

先ず被告の管轄違の抗弁について判断する。原告主張の本件準消費貸借上の債務につき当事者間において履行の場所を特約したことを認むべき証拠はない。そこで民法四八四条の原則に従い、本件債務の履行地は債権者たる原告会社の所在地である福岡市と認むべきであり、従つて本件については右義務履行地を管轄する当裁判所にその特別裁判籍があるものといわなければならない。よつて被告の右抗弁は採用の限りでない。

そこで本案について考えるに、原告代表者本人尋問の結果並びに同尋問の結果に徴し各成立を認め得る甲第一号証(乙第六号証も同じ)、甲第二号証(乙第一号証も同じ)、各成立に争のない乙第四乃至第七号証を総合すれば、原告と訴外琴村小鹿漁業協同組合との間に昭和二九年一二月原告主張内容の水道工事請負契約がなされ、次いで昭和三〇年三月二八日当事者間において工事完了前に原告が支払を受くべき請負代金五〇万円を目的として原告主張のような準消費貸借契約がなされたことを認めることができる。

昭和三四年五月右訴外組合外二組合が合併して被告組合が設立されたことは当事者間に争がない。被告は、右合併により訴外組合の本件債務を被告が承継した事実はないと主張するけれども、法人たる協同組合の合併の場合は、合併前の旧組合の債権債務は当然且つ包括的に新組合に承継されるのであつて、個々の債権債務につき当事者間において逐一承継の約定をすることを要するものではない。そこで訴外組合の本件債務(合併当時存続したものと仮定すれば)は当然被告組合に承継されたものといわなければならない。

そこで次に被告の契約解除の抗弁について考えるに、前記訴外組合が原告に対し、昭和三〇年九月一三日付内容証明郵便で七日の期間を定め本件請負契約による工事義務の履行を催告し、次いで同月二六日付内容証明郵便で原告の債務不履行を理由に請負契約解除の意思表示をし、右郵便はいずれもその頃原告に到達したことは当事者間に争がない。しかし原告代表者本人尋問の結果によれば、本件水道工事に対し訴外組合の役員中一部の者が反対を唱え、同人らの妨害行為にあつたため、原告は工事を中止するのやむなきに至つたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しからば右催告並びに契約解除の意思表示の当時原告に履行遅滞の責があつたものとは認め難く、従つて原告の債務不履行を理由とする右契約解除はその努力を生じたものではないといわなければならない。しかしながら、請負契約にあつては民法六四一条により、請負工事未完成の間は注文者は何時でも損害を賠償して(但し解除と同時に損害賠償の提供を要するものではないと解される)契約を解除することができるのである。そこで訴外組合の前記契約解除は原告の債務不履行による解除としては無効であつても、右民法所定の解除として有効であると認めるのが相当である。すなわち右両者の解除は、その効果において多少の相違はあるけれども、訴外組合の真意は、いずれにせよ原告との請負契約の存続を欲せず、右契約関係を断絶することを主眼としたものと認められるから、この場合いわゆる無効行為の転換の法理を適用するに支障はないと解されるのである。そうだとすれば、原告の本件請負代金債権は右契約解除により消滅し、従つてこれを目的とした本件準消費貸借上の債権も消滅したものというべく、当事者間の関係は別途に原状回復または損害賠償等により清算されるべきである。

よつて原告の本訴請求は、その余の争点に対する判断を待たず、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎)

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